101kmの夢のような時間|奥さんと手をつないでゴールしたCCC2017⑥

無事ゴール!

スタート前に届いていたコース変更の知らせ

実はスタート前に、大会事務局からSMSが届いていました。

CCC finish modification: from Vallorcine, ascent directly to La Flégère, without going through Tete aux Vents

「天候によりコースを変更。Vallorcine以降、Tete aux Vents(2,130m)には登らず、直接LA FLEGEREへ向かうこと」

CCC計画表

最後のピークをひとつ登らなくていいならラッキーくらいに思っていました。それが後になって、予想外の展開になるのですが——それはまた後ほど。

いきなりやってきた睡魔

CHAMPEX-LACを出たのは22時過ぎ。あたりは真っ暗で、冷たい雨がしとしと降っています。さっきまでの暖かいエイドとは打って変わり、芯から冷える寒さでした。

以前レスキュー講座で学んだことを思い出しました。低体温症への対処は「温かいものを食べさせて、とにかく動かすこと」。止まったら体はどんどん冷えていきます。さっきしっかり食べたので、とにかく動き続けることだけを意識しました。

魔法瓶に入れた温かいお茶も、寒さをしのぐのに大きく役立ちました。寒さ対策をしっかり準備しておいて本当によかったです。

次のエイドPLAN DE L’AUに到着した頃には、目標タイムなどどうでもよくなっていました。目指すはゴール、関門に引っかからなければそれでいい。そんな気持ちで、La Gieteから始まる3つのピークも流れに任せてゆっくり歩いていました。

人間、余裕が出ると眠くなるものです。La Gieteの上りで眠いこと眠いこと。後ろのランナーが背中を「ドンッ!」と叩いてくれても、一向に眠気がおさまりません。

小さな魔法瓶

人の行動は気持ちで変わる

その時、胸のスマホが鳴りました。日本から見守ってくれていたMさんからのメッセージです。

「到着予想時刻が13時30分になっていますよ。このままだとゴールできないかも。気づいてくれればいいけど……」

タイムスケジュール

なんですと。まだ1時間30分余裕があるんじゃないのかと半信半疑のまま上りきり、下りに差し掛かったとき、さっきチェックポイントで話した日本人女性ランナーさんが猛烈な勢いで下っていきました。「あれ?制限時間ヤバいの?」と思いながらのんびり進んでいると、途中のチェックポイントに大きな掲示看板があり、何人ものランナーが深刻な表情で見つめていました。

読めていなかったのですが、焦った頭は悪い方へ解釈するものです。「コース変更に伴い関門時間も短縮されたのでは」と勝手に思い込んでしまいました。

実際には予定より3時間遅れていて、このペースでは絶対に間に合わない状況ではありましたが——。

そこからは、もうひたすらプッシュしまくりました。さっきまでの眠気はどこかへ飛んで行き、重かった足が嘘のように動きます。

人って、気持ちでどうにでもなるものですね。

TRIENTまでの下りは何度転んだかわからないくらい飛ばしました。泥だらけになりながら到着したTRIENTで関門時間を確認して、やはり大丈夫だとわかりましたが、もう少し縮めておこうと休憩もそこそこに出発。Catogneまでもプッシュして一気に登り、VALLORCINEまで気を抜かずに走りました。

完走後に冷静に振り返ると、そこまでプッシュしなくても良かったようです。レース前に綿密な計画を立てておかないと、眠くて判断力が落ちているときに焦って正しい判断ができなくなる。これも大きな反省点でした。

明けていく空

夜明けとともに気持ちが落ち着いてきた

VALLORCINEを出る頃には夜が明け始め、美しい景色が戻ってきました。日の光ってすごいです。視界が開けると、焦っていた気持ちがすうっと落ち着いてきました。

最後の上りへ。LA FLEGEREまで行けばあとは下るだけ。しかもTete aux Ventsには登らなくていい。すっかり楽勝気分になり、気持ちの緊張が切れてしまいました。

でもここからの上りが、一番きつかったです。やっぱり。

後からコースを見て思いましたが、Tete aux Ventsへ一気に登ってLA FLEGEREへ下る本来のコースの方が、精神的には楽だったかもしれません。今回の迂回コースはだらだら登って一旦下り、最後にグッと登るという流れで、精神的にじわじわ来るものがありました。

疲れてくると自分のペースを意識せず、前のランナーに合わせてしまいがちです。この日も何度となくその罠にはまりました。これも反省点のひとつです。

最終チェックポイントのLA FLEGEREはスキー場の上にあって、最後の傾斜をひたすら登ってやっと到着。ヘトヘトになりながらチェックを受け、水を補給していよいよゴールへ向けて出発しました。

UTMBのコースマーカー
LA FLEGEREまであと少し
LA FLEGERE

余裕ができると良からぬことを考える

ここから先はずっと下ってゴールです。みんなペースが上がるかと思いきや、なぜかみんな歩いている。「同じタイミングでゴールしたくないのか?」などと意味不明なことを考えながら、なんとなく合わせて歩いてしまいました。ただ単にみんなキツかっただけですね。

途中からペースを上げましたが、最終チェックポイントからゴールまで8km。下っても下ってもシャモニーの街が眼下に見えるだけで、中々着かない。しかも止んでいた雨がまた降り出しました。

そして前を走る中国人のランナーが道の脇で着替えているのを見かけました。別の人も同じようにしています。「あぁ、きれいな格好でゴールするためか!」と気づいた私は——

よし、最後くらいきれいな格好で写真に写ろう。

と上下のレインウェアを脱いでザックのバンジーコードに引っ掛けた瞬間、大粒の雨が降り出しました。寒いし、最後の最後で何をやっているんでしょうね、自分。

シャモニーの街に入った瞬間

無事ゴール!

それでも、シャモニーの街に入ってからは、この瞬間のために頑張ってきたと思えるほどの歓迎でした。

「ブラボー!」「アレ、アレ、アレ!」

看板を叩く音、老若男女の声援。もっとこの時間の中にいたいと思うくらい、最高の気分でした。

看板で仕切られたコースを回り、最後は奥さんと手をつないでゴールしました。

目標タイムからは大きく遅れたけれど、無事ゴールできて本当によかった。

UTMBで開催されるレースは、普段参加する大会とは少し違っていました。ランナーにとってのお祭りであり、最高の晴れ舞台であり、そしてご褒美のような大会でした。参加前は長いと思っていた101kmが、終わってみればあっという間の夢のような時間でした。

ご褒美のようなレースに乾杯
実際は飲んでいませんよ
ゴール後Mさんと

ゴールしてフィニッシャーズベストをもらい、TDSに参加していたMさんと記念撮影。
TDSってUTMBより厳しいらしいのですが、そんな厳しい大会を完走されたMさん。凄いですね。
TDSはいつかは目指してみたい大会の一つです。

写真を撮った後めちゃくちゃ寒くなって、すぐにレインウェアを着込みました。
しかも大粒の雨が降り出して余韻を楽しむこともなく終了。
さすがに歩いて帰る元気もなく、バスで帰ることに…。

バス乗り場までやっとこさたどり着きましたが、とにかく寒い!
そしてバスが来ない!!
20分以上待たされやっとバスに乗れました。
しかしこちらのバスの運転手さん運転が荒く、車中はなかなか揺れるんですよね。
普段だったら全然平気なんですが、さすがに踏ん張りがきかずコロンと転げちゃいました( ̄▽ ̄)
それをみた運転手さんがバスを下りる際、なんか笑いながら言っていたけどなんて言っていたんだろう?

宿へ帰りシャワーを浴びてとりあえず仮眠。
もう、瞬間落ちました( ̄▽ ̄)

美酒に酔いしれました

でも、お腹って空くもんですね。
5時間ほど寝たらちゃんと起きれましたもん。
で、ずっとガマンしていたアルコール投入。
今日はどれだけ飲んでも怒られないだろうな〜と思い、美味しくワインをいただき、最高に幸せでした。

おまけ——丹羽薫さんのゴールを見届けた夜

そのままゆっくり寝るつもりでしたが、何気なくスマホを見ると、サロモンの丹羽薫さんがもうすぐゴールするとわかりました。それじゃあ行くしかないと、歩いてゴール地点へ。今年3月の六甲トレイル講習でお会いしたことがある方で、明るくて光るものを持っている方だという印象がありました。今回は手首を骨折しながら出場し、ポール1本でなんと4位入賞。その瞬間に立ち会えて、本当にラッキーでした。

次回は感動の表彰式編です。

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この記事を書いた人

30代で独立、妻への腎移植、自身もIgA腎症に。トレラン大好きだった自営業者です。病気やお金の不安があっても生活は続く。夫婦で60代を迎えるにあたり、福岡で小さな畑を耕し半自給自足の丁寧な暮らしへ。「急がない。でも、やめない。」をモットーに好きなことをぼつぼつ。ブログと音声配信もやってます。

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