原発のことに関して知らないことばかり

朝はラジオを聞くことが多いです。
よく聞くのがFM東京のクロノス。
その中にLOVE & HOPEというコーナーがあります。
TOKYO FMとJFN38局が、東日本大震災で被災された方の、心と体のケアを目的として支援活動を展開している番組があります。
今日紹介されたのは冨沢酒造の挑戦というお話。

もうSF映画、電線はスパーク、ゴジラが通った後みたいになっている。

次の日になって、町中から人が逃げ始めた。ただ「安全です、安心です、家の中に避難してください」と言われたので、蔵をかたずけることに。ただ長男だけは「万が一の時のために逃がそう、みんなが逃げるんだったら逃げる方向に逃げよう」ということで、兄にお酒を一式持たせて逃がせた。

ちょうど2時半過ぎ、外で洗い物をしていたら、建物がぴいんと音叉のように共振し始め、砂利を落とすような音がジャラジャラジャラとしはじめた。
しばらくすると屋根に砂がさらさらさらと降って来た。その当時は何も知らなかったが、ちょうど第一原発の水素爆発があった。夜になって父親と祖母を逃がそうと。夜の7時すぎに後ろのお年寄りたちに言いに行ったら、もぬけの殻だった。

詳しくはLOVE & HOPEを見てみて下さい。

このサイトには記載れていませんが、
私の記憶では避難した先のある場所で、
被曝したからという理由で、
受け入れてもらえなかったというエピソードもおっしゃられていました。

実際に被災された方々の生の言葉というのは、
ものすごい迫力です。
今までも聞いてきた気がしますが、
我々が知らないことがたくさんあったんですね。

小さなことでもいいから忘れないことを、
続けていきたいですね。
いつかその場所にも行ってみたいと思った朝でした。

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この記事を書いた人

30代で独立、妻への腎移植、自身もIgA腎症に。トレラン大好きだった自営業者です。病気やお金の不安があっても生活は続く。夫婦で60代を迎えるにあたり、福岡で小さな畑を耕し半自給自足の丁寧な暮らしへ。「急がない。でも、やめない。」をモットーに好きなことをぼつぼつ。ブログと音声配信もやってます。

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