被災地だけの苦労としないために考えよう

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あと3日で早いもので震災から1年です。
あれからどれくらい被災地では元の生活に近づけたのでしょうか?
被災しなかった我々はどれくらい変われたのでしょうか?

こんなことを書くと不謹慎かもしれませんが、
どうにもテレビに映る言葉が浮ついているようで落ち着きません。
被災してしまって変わらざるを得ないのは、
被災してしまった方々で、
それ以外の人たちにとっての震災は、
もう過去のものになってしまっているんじゃないだろうかと心配になります。

国の動きは相変わらず遅々として進まず、
いったい誰をどうしたいのかさえわからないことを、
決めずに時間を無駄に費やしているように思えます。

我々も人事と思ってはいないでしょうか?
あれからなにか行動に移したかと言われれば、
言い訳になりますが、
日々の生活に追われ何もやっていません。

例えば非常袋を用意したでしょうか?
避難所を確認したでしょうか?
家族と離れたときに連絡方法を確認したでしょうか?

できることを確実にやることで、
自分の問題でもあるのだと意識できるようになると思います。

今の私はそういう確実にやれることをせずに、
不確実な情報に右往左往してはいないだろうか?
放射能の情報に惑わされてはないだろうか?
とあらためて思います。

どんな恐怖も正しい情報のもとに出来ることから処理していけば、
今よりも何かが進むはずです。
そのためにも我々一人ひとりが、
正しく恐怖と向きあう勇気を持たなければなりません。

かわいそうだけでは何も解決しない時期となってしまいました。
瓦礫の処理だってまだほとんど進んでいない状況です。
問題は山積している状況ですが、
確実にやれることはまだまだ数多くあると思います。
テレビから流れる情報を人事のように思わず、
そして被災地だけの問題としないようにと、
その日を迎える前にそう思いました。

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