バカにされていた人が一番したたかだった|愛の貧乏脱出大作戦「みなみちゃん」のその後

「愛の貧乏脱出大作戦」という番組を覚えていますか?その出演者たちのその後を追った特番が放送されていて、つい見入ってしまいました。

中でも記憶に残っていたのが、北海道の通称「みなみちゃん」。当時はいわゆる「ヘタレ」キャラとして描かれていましたが、10年後の彼は顔つきも言葉も自信に満ちていて、画面越しに思わず「おっ」となりました。

今回の企画は、10年前に修行した達人のもとへ再挑戦するというもの。しかし案の定、最後まで続かずに北海道へ帰ることになります。そのとき彼が言い残した言葉が印象的でした。

「達人に認められなくても、自分の商売がうまくいけばいい。」

番組の企画で同じ修行に再挑戦しても、結果は同じ。また途中で帰ることになります。

ところがその後、彼は北海道の自分の店でロシア人客が来やすい環境を整え、挨拶程度のロシア語を覚え、子どもたちにアイスクリームを手作りして売るなど、自分なりのやり方で商売を続けていました。大儲けしているわけではないけれど、続けているということはちゃんと売上が回っているということ。これが彼に合ったやり方なんだと、見ていて自然に思えました。もともと器用な人なんでしょうね。

番組に出た人の中には、達人直伝のラーメンと番組の宣伝効果で月に何百万もの売上を上げている人もいました。それはそれで本当にすごいと思います。でも「自分で何とかした」感じはしなかった。どちらが良い悪いという話ではないのですが、みなみちゃんを見ていて感じたのは、バカにされているような人が実は一番したたかにやっていた、という痛快さでした。

そのとき、ふとシーモのContinuという曲の一節が頭に浮かびました。

「負けたら終わりじゃなくて、止めたら終わりなんだよね。どんな夢でもかなえる魔法、それは続けること」

番組の最後に、出演した経営者の総数と今も商売を続けている人の数が紹介されました。数字は忘れてしまったけれど、残っていたのは約6分の1ほど。続けることが、いかに簡単ではないかを改めて実感しました。

でも、苦しいだけでは続けられない。楽しむことも必要です。ただ、楽しむためにはやっぱり苦しい局面を乗り越えないといけないわけで——結局、苦しいのかもしれないけれど。それでも続けた人だけが見える景色が、きっとあるのだと思います。

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この記事を書いた人

30代で独立、妻への腎移植、自身もIgA腎症に。トレラン大好きだった自営業者です。病気やお金の不安があっても生活は続く。夫婦で60代を迎えるにあたり、福岡で小さな畑を耕し半自給自足の丁寧な暮らしへ。「急がない。でも、やめない。」をモットーに好きなことをぼつぼつ。ブログと音声配信もやってます。

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