見えないものにも意味はある

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イチロー選手が9年連続で200本安打を達成した。
今年は新記録ラッシュでものすごい活躍ですね。
本当にものすごい選手ですよね。
あらためてすごいと思います。

昨日、田口壮選手のホームページを読みました。
taguchiso.com -&nbspこのウェブサイトは販売用です! -&nbsptaguchiso リソースおよび情報
ほぼ日にオフシーズンに登場することもあり、
ときどきページを見るのですが、
今日のイチローの記録達成の前日だったこともあり、
思うところがありました。
彼のホームページはブログ形式のものではないため、
過去の内容が残らないのですが、
2009年9月8日の記事で、

契約上の問題で、どんなにがんばっても昇格はない、と伝えられたのは、足の怪我から復帰して間もなくのことでした。
ピネラ監督をはじめ、スカウトの皆さんなどが後押ししてくださったとのことでしたが、40人枠に入っていない、ということがネックになりました。
メジャーにもう一度上がりたい、その気持ちだけでやってきた僕は、そのことを伝えられた日から、気持ちがぷっつりと切れてしまったのです。
メジャーにはもう上がれない。何をしてもどうやっても無理だ、という現実は、引退も考えさせるに十分なインパクトでした。それでは何を支えに、何を目標に、残りの長いシーズンを過ごせばいいのでしょう。
家族とも話し合い、僕はでも、アイオワで野球を続けることを選択しました。
とにかく野球が出来る、ということに感謝して、これもまた得がたい経験だと信じて、やっていこうと。

とあります。
なんとも残酷な現実です。

僕は「野球はこうである」とう常識にとらわれて、結果を残すことが出来ませんでした。
どこかで「メジャーの野球はこうである」というプライドにとらわれていたのでしょう。
マイナーには、いろいろな選手がいます。スタイリッシュな部分はまったくなく、ただがむしゃらにぶつかってきます。
セオリーは通用しません。
というより、セオリーがありません。
それに翻弄されて結果自分が打てず「あいつはセオリーどおりじゃない」と言っても、結局ただの負け惜しみなのです。
今年の僕が、まさにそれでした。柔軟に対応することなく、マイナーにいる、そしてもう上には行けない、というお先真っ暗の状態に腹を立てていただけ。それを自覚したのは、残念ながらシーズン終了の3日前でした。
自分の感情をコントロールできない弱さや、臨機応変に頭を切り替えられない不器用さが、今年得た課題となりました。ただ、すべてを切り替えてから最終日に打った2本のヒットによって、
「ああ、まだ現役でいられる」と思えたのは、野球の神様が僕に与えてくれたサインなのかもしれません。

さて、来年は?
僕はもちろん、まだ野球を続けたいと思っています。
自分の心と身体がくじけない限り、まだ現役でいたいと願っています。
その願いが叶うのならば。状況が許してくれるのであれば。
40歳という節目を迎え、「これから自分はどうなっていくのか。どうしたいのか」という現実問題に直面しています。誰もが一度は通る「引退」という二文字は、とても身近になってしまいました。悲しいし、寂しいですね。
だからこそ、与えられた、残された時間を大切にしたいと思っています。

どうしてもかっこよくなれない僕の野球人生を象徴するような最終日。
おかげでなんだか、来年はきっと笑って野球ができる、そんな気がしています。

イチローと田口と同じオリックスからメジャーに挑戦して、
大記録達成のイチローとメジャーにはもう上がれないけれど、
野球をやり続けている田口といて、
やっと最近、田口の生き方を認めれるようになって気がします。
ものすごい選手の、影での努力は忘れませんが、
目立たない選手の思いと、ものすごい努力だってあるのだと思います。
「うまくいかないんだったらやめればいい」っていうような効率重視の意見もあるでしょうが、
自分が納得がいくまでやり通したいという思いを持ち続ける事だって、
ものすごいと思います。

結果が出てあとから理由をつける外部の人と、
それを実際にやっている人とは違うんだと思う。

見えないものにも意味はあると思うんだよね。
僕が一番強く思ったことは、
田口はイチローより努力が足りなかったから、
メジャーに上がれなかったわけじゃないってこと。
単純な考えは行動力を生むけれど、
安易な行動は、人を知らないうちに傷つけるからね。

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