責任の所在

仕事をする上で責任の所在をはっきりさせようとすると、
いつもがっかりとさせられる。
特に、大きな組織ともなるとそれは見事に予想通りになってしまう。
まぁ組織なんて責任をうまく逃れることができるシステムともいえるけどね。
そのくせそういう人間に限って、あとからのうのうと
さも自分ががんばりましたなんて顔をして出てくるものだ。

どうしてそんなに人のせいにできるのだろうかと思う。
まぁそれはそのほうが楽だからだといわれれば、身も蓋もない話だけれど。
それにしても、自分の仕事なのに
簡単に都合が悪くなると人に任せられる人がいるが、
信じられないし、僕には絶対に許せないし、できないことだ。

最近、子供たちにいじめはするなとか、ちゃんとした人間になるように
教育基本法改正とか声だかに言っているけれども、
それを作ろうとしている大人自身が責任を取れないんじゃ、
それを見ている子供たちって、ちょっとかわいそうな気がする。
有識者が好きなことを勝手に言って、それを形にするのは
現場を知らない役人たちだし、また本意とずいぶん違う形のものを
妥協しながら子供たちに接していく教師たちはまた責任逃れをするんだろうな。
そんなことをしたら、子供たちもバカじゃないから
しらけてしまって、要領よく責任逃れをして生きるんだ。

話が少しそれたけれど、僕は逆境に立ったとき人のせいにせず
自分で考えて工夫して行動できる人間になりたいと思う。
ただそれだけです。

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この記事を書いた人

30代で独立、妻への腎移植、自身もIgA腎症に。トレラン大好きだった自営業者です。病気やお金の不安があっても生活は続く。夫婦で60代を迎えるにあたり、福岡で小さな畑を耕し半自給自足の丁寧な暮らしへ。「急がない。でも、やめない。」をモットーに好きなことをぼつぼつ。ブログと音声配信もやってます。

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