ドナーになります

この度生まれて初めてドナーになります。

何のドナーになるのかというと腎臓のドナーです。

そして誰のかと言うと私の奥さんのドナーになります。

こういうことを書くと余計なことを考えがちな性分なので、自分のことを書くのは得意じゃないのですが、腎臓病になるとどうなるのか?病気になった後、どんな風に生活が変わるのか?

そして腹膜透析や腎移植についてリアルな情報があると助かる人たちがいるよ!と、担当してくださった看護師の方から言われたので、勇気を持って書くことにしました。

奥さんが腎不全になってから腎移植を受ける決心をしたところまでお伝えしたいと思います。

つたない文章ですが、誰かのお役に少しでもなれば嬉しいです。

それは突然やってくる!健康は当たり前じゃない

それは、突然やってきました。元気いっぱいの奥さんが、胃の検査を受けるため受診した医院で、血圧を測ると190オーバー。高血圧は自覚症状があまりないらしく、ずっと気づかずに生活していました。

それで、他の医院を紹介され、いろいろ検査を受けましたが、原因が分からないまま普段通りに生活していました。

その時医師からは降圧剤を処方されたのですが、奥さんは元来の薬嫌いなので、飲まずにいたのでした。

そうこうしながら忙しい毎日を過ごしていたある日、「息ができない!」と、ただごとじゃ無い感じで言うので、近所の内科に行ってみるも原因が分からない。

呼吸器科に行ってみても分からない。最後に循環器科に行ったら心不全と腎不全と診断され即入院となりました。それが2012年のことです。

高血圧から来る心臓と腎臓への負担が原因と診断され、血圧をコントロールする治療を始めました。

次第に身体から過剰な水分が抜け、心臓の動きは回復しましたが、腎臓は臓器自体が傷んでしまっていて、回復の見込みはないと担当の先生から言われたとき、取り返しのつかないことをしてしまったとショックを受けたのを覚えています。

それから透析を出来るだけ遅らせるように食事や生活を見直すことにしました。

難しい腎疾患患者の食事

腎疾患患者の食事制限ってものすごく難しいってご存知ですか?

とにかく腎臓に負担のかかる食べ物に気をつけなければなりません。それがほとんどの食べ物に含まれるのです。タンパク質、カリウム、リン、水分。そして塩分などなど。健康に良いとされる多くのものが全て腎臓に負担をかけます。それだけ腎臓が健康な体に重要な臓器であるということがわかります。

それでも気をつけていたおかげで、透析をしなくてはいけないレベルになるまで、なんとか踏みとどまり、その間に思い切って海外旅行に2回も行くことができました。

奥さんの健康面など考えると、随分と思い切ったことをしましたが、今となっては良い思い出です。

しかし、いつまでも腎臓を保てるわけもなく、2019年3月にとうとう透析を受けなければならなくなりました。

透析には2種類の方法があります

透析には血液透析と腹膜透析と2種類あります。血液透析は手首にシャントという手術を受け、そこから自分の血液をダイアライザーという機械を通して、過剰な水分や不要な成分を取り除いて体内に戻していきます。これを週3回行います。

対して腹膜透析はお腹の中にチューブを入れ透析液を注入します。腹膜がフィルターの役割となって血液から過剰な水分や不要な成分を透析液に移動させ排出し、そして新たな透析液を体内に入れます。

今回血液透析を選ばずに腹膜透析(以下PD)を選んだ理由は、

  • 自宅で透析を受けられること。
  • 血液透析に比べストレスが少ないだろうという期待。
  • PDをワンクッションとして透析生活に慣れる事ができそうと思った。

以上の点からPDにすることを決めました。

そして2019年3月に腹膜透析に切り替えるためにお腹にチューブを入れる手術で入院することになりました。

実は私の母親は糖尿病から来る腎疾患で、長期に渡り血液透析を受けていました。若い頃はそれほど感じませんでしたが、齢を取り病気が進行してきてからは、透析が本当につらそうで、帰ってくるとぐたっとしていたのを覚えています。

その辛さを目の当たりに見ていたので、奥さんには出来るだけそんな辛い思いはさせたくないと思っていました。

この頃からPDから血液透析に切り替えるタイミングで腎移植をすることを考えていました。

順調ではなかった腹膜透析

無事、チューブをお腹の中に入れる手術を終え、3週間の入院生活の後、奥さんは大量の段ボール箱に入った透析液と見慣れない機械と、加温機というクーラーボックスのようなものと一緒に自宅に帰ってきました。

見慣れない機械は「つなぐくん」というお腹のチューブと腹膜液の入ったバックを衛生的に繋ぐ機械です。

加温機は腹膜液をヒーターで温めておくための保温庫で、体温に近い温度の透析液を体内に入れることが出来ます。

冷たい腹膜液をいきなりお腹に入れてしまうと、下痢になってしまうので、適温に保つことが大切なのだそうです。(下痢も腹膜炎に影響するため)

透析液の種類や量は個人差があって、最初奥さんの場合は「レギュニール」という透析液を1Kgずつ処方されました。

これを日中8時、13時、18時、21時に交換します。ところが思ったよりも体調が良くならないため、最終的にもう1種類「エクストラニール」という種類の透析液を睡眠前に入れ、加えて2種類の透析液の量も1kgから1.5Kgに増えることになりました。

毎回1.5kgを体内から出して、入れるわけですから、まるで妊婦さんになったみたいにお腹がぽっこりと膨らみます。

手順を簡単に説明すると透析液は2つのバックから構成されていて、一つは新しい液の入ったバック。もう一つは廃液を入れるバックです。

まずお腹の中の廃液を外に出すためにチューブをバックと「つなぐくん」という機械を使って接続します。

それぞれのバックにはロックが付いていて、液が逆流しないようになっています。空のバックのロックを外し、お腹から廃液を空のバックに出します。

終わったら廃液側をロックし、次に新しい透析液のロックを解除して高いところに吊ってお腹に入れ、全て入ったらロックし接続していたキャップを外して完了です。

奥さんの場合は、この作業におおよそ3~40分ほどの時間がかかります。
これが1日4回ですから中々の作業です。

人によっては夜間だけの交換でもいい人もいるようですが、年齢や症状で違うそうです。

交換した廃液の入ったバックは、液をトイレに流し、残ったバックを燃えるゴミ(私の住んでいる行政区では)に出します。日に4セット毎日出るのでこれも中々の作業です。

「思ったより大変だけれど自宅で出来るから、まだいいよね!」と話していたのですが、その後腹膜炎を起こしてしまい、再入院することになりました。

結局、3年ほどの間に3~4回腹膜炎を起こし、その原因も分からなかったので、常に腹膜炎の恐怖を感じながらの腹膜透析生活となりました。

その頃、手術をした総合病院から近所の個人病院に転院することになり、思い切って新しい先生に腎移植のことを相談しました。

先生は、「若いうちに移植できるチャンスがあればしたほうがいい。術式はかなり完成されていて失敗は殆どない。奥さんの体調はかなり改善される」と説明を受け、2021年の3月に九大病院に行くことにしました。

検査の連続

初めて九大病院に行くとコーディネーターの方からヒアリングを受けます。
どうして腎移植をしようと思ったのか?二人の気持ちは?などなど。

このときに初めて移植を受ける側をレシピエントと呼ぶことを知りました。ドナーとレシピエント。ドナーは知っていますがレシピエントって普段耳慣れない言葉です。

次に担当医の先生から簡単な説明の後、僕の強い気持ちもあって、とりあえず移植出来るかどうか適合を調べるという方向で、検査をすすめることになりました。(実はこの時奥さんはまだ迷っていた)

方向性が決まり帰りがけ預かった紹介状の数にビックリ!
これから約3ヶ月ほどでこれら検査を全部済ませなければなりません。けっこう大変な作業です。

奥さんに出された紹介状

胃カメラと大腸検査

がん検査

乳がん検査

眼科

耳鼻科

歯科

対して僕に出された紹介状

胃カメラと大腸検査のみ。

これだけで済むならラッキーくらいに思っていたのですが、初めて受けた大腸検査が大変でした。しかし異常がないことが分かりこれはこれで良かったと思います。

それに比べレシピエントである奥さんは歯科から婦人科まで、ありとあらゆる検査を受けなければなりません。しかもそれらは手術を行う九大病院ではなく、九大病院からの紹介状を持って自分で近所の病院を探さないといけませんでした。

普段でも大変だと思いますが私達が検査を受けた時期は、まさにコロナ禍真っ只中。病院を探すのも一苦労な時期でした。しかしありがたいことに、お付き合いのあるドクターから紹介していただき、わりとスムーズに受診することができました。

その間にも九大病院に行って血液検査、心電図、レントゲン、MRI、CT、肺活量測定と色々検査し、止めが血液適合検査。これだけ実費で80,000円くらいかかりました。

で、やっと適合するとお墨付きを頂きました。

ドナーとレシピエントの心の問題

検査を受けドナーとして適合したのは良かったのですが、健康な私の体から腎臓をもらう奥さんの気持ちを考えると、すべてが良かったというわけではありません。逆の立場に立って考えると分かることです。

最初、腎移植の話を九大病院に聞きに行ったときから、奥さんは前向きではありませんでした。

移植が成功すれば透析から開放され、これまでガマンしてきた水分を我慢せずに飲むことができます。またPDでお腹から出ているチューブが無くなるため、大好きなお風呂に自由に入れるようになるし、腹膜炎の恐怖から開放されます。

全てが健康だった頃と同じには戻らないけれど、PDをやっていたときよりも、自由に暮らせるようになるのは間違いないのですが、その自由は僕の犠牲の上にあることが彼女にとって辛いことは理解できました。

でも、僕も彼女も互いに幸せに暮らすことを望んでいるのは間違いのないことなので、これからも夫婦で話をしながら向き合って、理解していこうと思っています。

困ったときは誰かに助けてもらってもいい

今回は慢性腎不全になってから腹膜透析生活を経て、腎移植を受けるところまでをそのまま書きました。

実際にやってみるとけっこう大変なことだらけで、その都度自分を責めたり、へこんだりすることも多々ありました。

でも、現実を受け入れできることをやっていくに連れて、腹膜透析に合わせた生活が出来るようになりました。そんな経験が誰かの役に立つと嬉しいです。

それともう一つ手術が決まってから割と隠さずに、手術のことを人に話すようにしてきました。
それは自分たちだけで背負い込むのは、やめようと二人で話して決めたことです。

少し怖かったけれど、
そうしてみて感じたのは、
人は一人で生きているのではないというあたり前のことでした。

自分が困ったら誰かに助けてもらってもいいし、自分たちが出来ることがあれば、困っている人を助ければいいのだ!そう素直に思えるようになりました。
私達もこの手術を乗り越えたらこのご恩をつないでいきたいと思っています。

みんないつもありがとう!

これからもよろしくお願いします。

私たちで出来ることは元気になったら必ずやるからね!!

それじゃ、頑張ってきます。

この記事を書いた人

tegecat

Webや動画の製作、PCに関することを仕事にしています。また、トレイルランニングや野菜づくり、料理なども楽しんでいます。