苦労をすれば痛みがわかるってもんじゃないみたい

若い子には旅をさせろという言葉があります。
世間一般には苦労をさせろということだと思います。
しかし一体、どれくらい苦労すればいいのでしょう?

頭のいいやつはそんなに苦労しなくても分かる奴もいるでしょうし、
そうでもない奴はどれだけやってもやっかんだり、
そもそもなんにも感じなくって、
一向に人の気持ちになんかなれないかもしれない。

昔からある「苦労をさせる」という言葉には、
苦しいことを感じたら同じ気持で、
人の気持ちになれるようにという気持ちがあるのかもしれませんが、
なんかもう同じ教育を受けて、
みんな同じような考えで分かり合えるとか言う感じじゃないかもしれない。

これって個性的になったことかもしれないけど、
分かり合える部分が狭くなったということでもあるんですよね。

普通が難しくなったということでもあるのかな?
ちょっと生きにくいねぇ〜。
でも通じる「感覚」を大事にしたいと思うよ。

 

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この記事を書いた人

30代で独立、妻への腎移植、自身もIgA腎症に。トレラン大好きだった自営業者です。病気やお金の不安があっても生活は続く。夫婦で60代を迎えるにあたり、福岡で小さな畑を耕し半自給自足の丁寧な暮らしへ。「急がない。でも、やめない。」をモットーに好きなことをぼつぼつ。ブログと音声配信もやってます。

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