四十にして惑わず

今読んでいる本で

「四十にして惑わず」というのは、四十になったら惑わなくなるということじゃないんです。四十になったら、惑うのは年のせいじゃないことがわかるということなんですよ。

ということが書いてあり、
なるほどなぁ~と思っちゃいました。

いまだに惑いっぱなしだもん。オレ。
こんなんでいいのだろうか?
なんてしょっちゅうですが、
赤塚富士夫さんがいうように
「これでいいのだ。」でいいんでしょうね。

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