四十にして惑わず

今読んでいる本で

「四十にして惑わず」というのは、四十になったら惑わなくなるということじゃないんです。四十になったら、惑うのは年のせいじゃないことがわかるということなんですよ。

ということが書いてあり、
なるほどなぁ~と思っちゃいました。

いまだに惑いっぱなしだもん。オレ。
こんなんでいいのだろうか?
なんてしょっちゅうですが、
赤塚富士夫さんがいうように
「これでいいのだ。」でいいんでしょうね。

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この記事を書いた人

30代で独立、妻への腎移植、自身もIgA腎症に。トレラン大好きだった自営業者です。病気やお金の不安があっても生活は続く。夫婦で60代を迎えるにあたり、福岡で小さな畑を耕し半自給自足の丁寧な暮らしへ。「急がない。でも、やめない。」をモットーに好きなことをぼつぼつ。ブログと音声配信もやってます。

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