人は人、自分は自分——お隣さんの引っ越しが教えてくれたこと

先週末、公団に住んでいるお隣さんがご挨拶に来てくださいました。

近くにもう少し広い物件が見つかったこと、子どもも大きくなってきたこと。だから引っ越すことにした、と。わざわざ来てくださったことが、素直に嬉しかったです。

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人の決断って、いつも突然やってくる

こういうとき、いつも思うんですよね。

人の決断って、いろんな時期に、いろんな形でやってくるなあって。

引っ越し、転職、結婚、移住。自分には直接関係のないことでも、誰かの「動いた」という話を聞くたびに、なんとなく自分のことを考えてしまう。

このままでいいのか。いつまでここにいるんだろう。

そういう気持ちが、ふっと顔を出すんです。

いちいちぐらついていたら、何もできない

でも、そのたびにぐらついていたら、きりがないとも思っています。

人の決断は、その人のタイミングで、その人の事情で動いている。それは、自分の決断とは別の話です。

誰かが引っ越したから自分も動かなきゃいけない、ということはない。誰かが転職したから、自分も焦らなきゃいけない、ということもない。

人は人。自分は自分。

頭でわかっていても、これがなかなか難しいんですよね。

人の言葉に振り回されたくない、というのが本音

周りで家を買ったとか、給料がいくらとか聞くことがあります。気にならないといえば正直嘘になります。

でもそれはその人にとってのタイミングであって今の自分には難しかったり、本当に家が欲しいのかさえ分かりません。ですのであまり気にしないようにしているというのが本音なんです。

来るべき時が来れば、きっと動ける

ただ、今焦っても仕方がないとも思っています。

来るべき時が来れば、きっと違う環境に移ることもできる。そのタイミングは、誰かに決められるものじゃなくて、自分の中から来るものだと思っています。

だから今は、今の暮らしをちゃんと続けること。目の前のことを丁寧にやること。

それだけでいい、と思っています。

お隣さんの新しい生活が、うまくいくといいな。そんなことを思いながら、週末が終わりました。

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この記事を書いた人

30代で独立、妻への腎移植、自身もIgA腎症に。トレラン大好きだった自営業者です。病気やお金の不安があっても生活は続く。夫婦で60代を迎えるにあたり、福岡で小さな畑を耕し半自給自足の丁寧な暮らしへ。「急がない。でも、やめない。」をモットーに好きなことをぼつぼつ。ブログと音声配信もやってます。

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