感情コントロールを手に入れたら何を失う? デメリットまで正直に考えてみた話

「心は熱く、頭は冷静に」——言葉にすると格好いいんですが、これがなかなかできない。

カッとなった後で自己嫌悪に落ちる。そしてまた同じことを繰り返す。気づいたら何年もこのループを回しています。

感情的になってしまう自分を変えられるの? そもそも変えるべきなのか? 正直に考えてみました。

目次

「冷静でいる訓練」は本当に存在するのか

マインドフルネスや認知行動療法など、感情コントロールに関する訓練は実際に存在します。呼吸が乱れず、涼しい顔で的確な判断を下せる人——そういう人への憧れが、自分をここへ向かわせます。

でも、訓練してそうなれるとしたら、何かを失う気もする。それがちょっと怖くもあります。

感情コントロールができるようになった場合のデメリットを想像してみた

  • 失敗しなくなるかも ← それはむしろ歓迎
  • 人から「取っつきにくい」と思われるかも ← それは少し困る
  • 面白いことを言わなくなるかも ← 今も狙っているわけじゃないけど、笑われることは多い
  • 自意識がなくても「いやみな奴」と見られそう ← やっぱり嫌われるのは嫌だ

デメリットを並べてみると、結局「人にどう思われるか」が一番気になっていることに気づきます。感情より先に、他者評価が来ている。これはこれで、なかなか根深い問題です。

「クールな人」も、実はカッとしている

「あの人はそんなことしない」「いつもクールだよね」と言われる人たちも、内側ではカッとしていると思っています。ただ、表に出るまでの程度と速度が違うだけ。そうでなければ、意思を外に出せないだけの、気の弱さかもしれない。

逆に、熱くなれない人からすると、感情が上がり下がりする人を「うらやましい」と感じることもあるんじゃないでしょうか。人間の感情って、面白いですよね。

ないものねだりでも、もう少し冷静になりたい

現実はなんとなくわかっている。感情的な自分も、それなりに自分らしい。でも「ないものねだり」と知りながら、もう少し冷静でいたいと思ってしまう——それもまた、自分らしさだと受け入れることにしました。

年度の初めに、そんなことをぐるぐると考えていました。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

30代で独立、妻への腎移植、自身もIgA腎症に。トレラン大好きだった自営業者です。病気やお金の不安があっても生活は続く。夫婦で60代を迎えるにあたり、福岡で小さな畑を耕し半自給自足の丁寧な暮らしへ。「急がない。でも、やめない。」をモットーに好きなことをぼつぼつ。ブログと音声配信もやってます。

目次