ごめんとありがとうの物語

すみません。
もろ引用です。
でもねー、これみんなに読んでもらいたいなー。
なんかジーンときません?
では、どうぞ。

・どんなに年をとっても、
 子どものころの思い出というのは、
 忘れるどころか、ますます輝きを増してくるようです。
 ぼく自身についても、
 そんなこと、もういいかげん忘れろよ、
 というようなことが忘れられません。
 いいことも、わるいことも、どうでもいいことも、
 いつまででも憶えているんですよね。

 どちらかといえば、ぼくは、
 「昔はよかった」と言いたがる人ではありません。
 それでも、昔のことをこんなによく憶えているのは、
 なんだか不思議な気持ちになります。
  
 思い出というのは、「その人の材料」なのかな。
 ぼくは、いまも忘れられない無数の思い出で、
 つくられた人間なのかもしれない。
 そんなふうにも、思えるのです。

 ひさしぶりに夢に出てきた小学生時代の友だちとか、
 まぁいまになっても言えない恥ずかしいことだとか、
 妙にうまかった食いもののことだとか、
 あの道や、池や、川や、誰かの怒った顔。

 頭で憶えた歴史の年号も、数学の公式も、漢字も、
 小説のあらすじも、自分の過去の電話番号も、
 いや、いまの住所さえも‥‥ぜんぶ忘れたとしても、
 実際に経験したことは忘れない。

 あんまり幸せにしてやれなかった犬のことだとか、
 粗末につきあった人のこととかも、
 たくさんの楽しかった思い出に混じって、
 忘れられないままに、死ぬまで持ち越すわけです。
 ぼくだけでも、あなただけでもなく、
 人間は、みんな、そういうものなんだと思うわけで。
 そう思えるから、思い出すことを怖がりすぎなくて、
 なんとかやっていけるんです。
 「人生は、別れと出会いの連続だ」と言いますけれど、
 「人生は、ごめんとありがとうの物語」でもあります。

ああ、あと半月で今年が終わる。
今日も、来てくれてうれしいです。ありがとうございます。

って、素敵じゃない?
毎日10人くらい見に来てくれている人へ
ありがとうございます。

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