茹でカエル

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今日の「カンブリア宮殿」を見て思ったこと。

徳島でお年寄り達に仕事をつくり、葉を売って町を活性化させた人だった。

その方が、朝起きて何にもすることがないって、実は危険なんだといっていた。
その話の中で、村上龍が、自分でこれがやりたいと思える人ってまずはセーフだと言っていた。

それに対して思ったことがあるんだけど、
後輩が、以前僕に対して「環境がいいから独立しようと思えるんだ」と言ったことがあった。
僕からすると、彼も本当に今の仕事が嫌で自分でしたいことがあるならば独立はできると思う。
いや、僕よりも環境は良いとさえ思う。
彼は、頭の回転の速い男で屁理屈で返すのが非常にうまい。
そこそこ器用で、ゲームをやってもすぐにクリアしてしまう。
なので、なんでもそこそこで収めてしまう。
そこから先の苦労や、先にある充実感なんかを理屈をつけて「どうせやったって」の一言で知らずに生きてきているように思う。(きっと、今もそうなんだと思う。)

かわいそうだけど、今の彼じゃ本当に自分のやりたいことってつかめないかもしれない。

何でも二分化するわけじゃないけれど(話がシンプルになってわかり易くなるから、考えるときにはするけど)自分でやりたいと思えることを見つける人間と、見つけれない人間の差ってどこにあるんだろう?
その答えは、自分以外のところから何でも与えられているか、そうじゃないかだと思う。
与えられ続ければ欲求って薄くなるものだし、またあったとしてもだんだんと面倒になると思う。
それを乗り越えて、リスクを負える奴はまだいいと思う。
ずっとぬるま湯に使ったいたら、本当にジャンプしなければならないときに茹であがっていて動かなくなる茹でカエルにならないようにしないと。

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