話してみなけりゃ分からないことばかりで、ただ動けばいいと思っているのは違うということ

土曜日に今の僕の仕事の進め方を妻と話し合った。

あれこれやっていて、何をどうしたいのかがわからないと言われた。

自分でも気がついていたこともあり、ものすごくショックだった。

でも、話すことってとても大切なことだよね。わかっているつもりになっているだけで本当は何もわかっちゃいやしない。

今後何をやっていくべきなのか。
それができるようになって、どういう展開をしていくのかということも決まった。

そうしていて、今朝ふとこの方のブログを読んで、
そうだよなぁーと思った。
ただつぎのことだけを考える – shinomaiの日記から

ミヒャエル・エンデの『モモ』という本の中にこのような一節があるそうです。
主人公モモの親友である道路掃除夫が、モモにこう言います。

「なあ、モモ」・・・「とっても長い道路をうけもつことがあるんだ。おっそろしく長くて、これじゃとてもやりきれない、こう思ってしまう。」・・・

「そこでせかせかと働きだす。どんどんスピードをあげてゆく。ときどき目をあげて見るんだが、いつ見てものこりの道路はちっともへっていない。だからもっとすごいいきおいで働きまくる。心配でたまらないんだ。そしてしまいには息がきれて、動けなくなってしまう。道路はまだのこっているのにな。こういうやり方は、いかんのだ。」・・・

「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」・・・

「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」・・・

「ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶおわっとる。どうやってやりとげたかは、じぶんでもわからんし、息もきれていない。」・・・

「これがだいじなんだ。」

(岩波少年文庫 大島かおり訳 52〜53頁より)

あれこれじゃ楽しくないからね。人生も仕事も楽しまないと!

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この記事を書いた人

30代で独立、妻への腎移植、自身もIgA腎症に。トレラン大好きだった自営業者です。病気やお金の不安があっても生活は続く。夫婦で60代を迎えるにあたり、福岡で小さな畑を耕し半自給自足の丁寧な暮らしへ。「急がない。でも、やめない。」をモットーに好きなことをぼつぼつ。ブログと音声配信もやってます。

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