今は静観する。でも忘れない。|熊本地震で気づいた支援のタイミングと距離感

久しぶりの投稿です。おかげさまで元気にしています。

今日ブログを書こうと思ったのは、被災された方々にどう向き合えばいいのか、自分の中でうまく整理できなくて、そのもやもやした気持ちをどこかに書き残しておきたくなったからです。

先週金曜日の夜9時半ごろ、私の住む地域でも大きな揺れを感じました。その後も緊急地震速報が何度も鳴り続け、翌日の深夜には第2波の、長く大きな揺れが来ました。被害は益城にとどまらず、阿蘇や大分方面にまで広がりました。すぐにテレビをつけて状況を確認しながら、被災した方々のことが頭から離れませんでした。

翌日、東北の震災のときと同じように「何かしなければ」という気持ちが湧いてきて、Facebookを開き、みんなが何をしているか、どこに物資を送ればいいか、義援金はどこへ届ければいいかを調べ始めました。ところが調べれば調べるほど、本当に困っている人のもとへはお金も物資もなかなか届かない現実が見えてきました。

熊本県庁などには物資がどんどん運び込まれているものの、仕分けが追いつかない。どこに何人いて、何が必要なのかが把握できていない。だから何をどれだけ持っていけばいいかもわからない、という状況でした。

ボランティアについても、水も食料もトイレすらない環境に、専門知識のない人間が他の地域から乗り込んでいくのは、被災者の方にとってむしろ負担になるとわかりました。

それでも単独で向かう人や、民間団体が炊き出しや物資を届けたりする動きもあり、現場は混乱しているように見えます。正直、何もしていない自分に後ろめたさもあります。それでも、今の感情だけで動くことへの違和感もあって、気持ちが揺れています。とりあえず、クラウドファンディングで少額ですが寄付しました。

東北と違い放射能の問題はなく、道路や水道などのインフラは見た目には比較的早く復旧していくかもしれません。でも、そこに暮らす人たちにとっては、人生の計画が大きく狂わされた現実があります。震災前と今のあいだを埋めながら、これからを生きていくことになる。それは決して他人事ではなく、自分もいつ同じ立場になるかわかりません。

だからこそ、熱が冷めたあとも忘れずに、そばで見守り続けることが、小さくても確かな復興の力になるのではないかと思っています。

今日たまたま目にした「今日のダーリン」にこんな言葉がありました。

「東北の震災のときに学んだではありませんか。時間の進み方によって、手伝える人と内容は変化します。いまは自衛隊の方々ががんばってくれている時期。その後に、何が必要か、誰に来てほしいかが、しだいに見えてくるのだと思います。」

その通りだと思います。

熊本・大分は近い。友人も知人もいる。冷たいと言われても、今は静かに見守ることを選びます。でも、忘れない。ずっとそばにいるから。そのことを、ここに書き留めておきたかったのです。

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この記事を書いた人

30代で独立、妻への腎移植、自身もIgA腎症に。トレラン大好きだった自営業者です。病気やお金の不安があっても生活は続く。夫婦で60代を迎えるにあたり、福岡で小さな畑を耕し半自給自足の丁寧な暮らしへ。「急がない。でも、やめない。」をモットーに好きなことをぼつぼつ。ブログと音声配信もやってます。

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