今日から入院です。といっても腎生検のための入院です。
通常なら内科で針を刺して組織を取るだけの簡単な検査なのですが、私の場合は腎移植をしており、腎臓が1個しかありません。さらに腎臓の位置が少し深いところにあるため、通常の針では上皮から距離があり、正確な位置で組織を取ることが難しいと判断されました。そのため、全身麻酔をして外科手術として行うことになりました。
生検に至るまでの経緯
では、なぜそうなったのか。話は約1年前に遡ります。
移植後は毎年検診を受けており、妻は1ヶ月半ごとに、私は年に1回ほどの検査を受けていました。ところが昨年10月の検査で尿潜血が微量ながら確認され、妻の通院に合わせて1ヶ月半後に再検査を実施。すると、また微量ながら反応が出てしまいました。これを数回繰り返した結果、「念のために生検を」ということになりました。
おまけに、たんぱくもわずかに出ていたため、原因をはっきりさせる必要があるということです。
不安はありますが、普段の生活もあまり健康的とは言えず、特に飲酒量が多いことが気になっていたので、良い機会だと前向きに考えることにしました。
入院は火曜日。その週の金曜日から断酒を始めました。代わりに飲めるのはノンアルコールビールだけです。
しかし、ノンアルコールビールというのはお腹が膨れるだけで、ビールを飲んだ気分にはなりません。もちろん酔いませんし、アルコールによる脱水が起きないため、たくさんも飲めないのです。
私にとって晩酌は、晩ごはんの準備をしながら缶ビールや酎ハイを1本飲むのが至福の時間でした。
その時間にノンアルコールビールを飲んでみるのですが、やはりあまり感動はありません。食事が始まる頃にはもう飲みたい気分も消えています。不思議なもので、アルコールならいくらでも飲めるのに、ノンアルコールではそうはいきません。
普段、私は20時30分には飲酒をやめると決めています。大体飲み始めが19時くらいからなので、およそ1時間から1時間半くらいです。ペースを守れば酒量もそれほどではありませんが、調子の良い日にはついハイペースで飲んでしまい、「今日くらいはいいだろう」と自分に甘くなって深酒をしてしまうのです。
はい、いつの時代も酒飲みはバカですね。
「健康に良い杯数」などと言われますが、私にとっては1杯飲んでしまえば結局同じです。酔わなければ気が済まないのですから。
それでも、こんなに酒を愛しているのに、果たしてやめられるのか?という思いもありました。コレクションしている珍しい酒はどうするのか、人に譲るのか…そんなことを考えた時期もあります。
とはいえ、今回は検査のための一時的な断酒です。まずは3日を目標に頑張ろうと思いました。
3日飲まないとアルコール離脱症状(頭痛や倦怠感、不眠など)が出やすくなるそうですが、1〜2週間ほどで軽減していくとのことです。
私の場合は2日目に少し飲みたい衝動に駆られましたが、家の中のアルコールをすべて処分していたため、飲みたくても飲む酒がありません。わざわざ買いに行くのも面倒で、結局3日目は難なくやり過ごせました。
アルコールとの長い付き合い
そもそも、なぜこんなにアルコールを好きになったのだろうか。
思い返すと、高校時代の友人たちと週末に自宅で飲み始めたのが最初だったように思います。高校2年の夏頃、3〜4人で集まって安いウイスキー(ボストンクラブやブラックニッカなど)を飲んでいました。当時はウイスキーこそが大人の酒で、煽るように飲むのが格好いいと思っていたのです。今思えば痛い話です。
両親はそれほど厳しくなく、怒られた記憶もあまりありません。本当に理解があったのだと思います。
大学に進学すると、某新聞社の奨学生として編集局で働き始めました。今で言えば破格の待遇でしたが、酒席はほぼ毎日。
最終版が終わる深夜2時過ぎから飲み会が始まることもあり、3年間は本当にお酒漬けの日々でした。
夏の恒例行事「狂乱会」では、宴会場が出入り禁止になるほどの騒ぎでした。今なら完全にアウトですが、当時は不思議と許されていたように思います。
あの頃は、便利ではなかったけれど、どこか寛容で、許し合える余裕がありました。
今のようにみんなが権利ばかりを主張し合う社会ではなく、「普通」が通じる時代だったように感じます。
その後、現場仕事をしていた時期もありました。仕事帰りに角打ちで瓶ビールを1本頼んで先輩と飲む。事務所でも飲んでから帰る。
家に帰ってまた飲む。そんな生活を毎日繰り返していました。今思えば信じられないですが、当時はそれが普通だったのです。
その後も、晩酌の習慣は途切れることなく続き、今では約40年。
よくもまあ内臓が持っているものだと感心します。
最近は休肝日を設けるようになりましたが、やはりお酒を介した人とのコミュニケーションは良いものだと思います。
おそらく私が昭和の人間だからでしょう。世界中にお酒の文化があるように、お酒を通じて人と関わる文化は今後もなくならないと思います。
ただ、日本では税制の影響で「第3のビール」やストロング系など、安く酔えるお酒が主流になりました。
ビールは本来、麦芽の発酵技術の結晶です。それを値段のために変えるなんて、日本はすごい国だと思います。
それにしても、どうして国は「酒」にそんなに税金をかけるのでしょうか。健康のためという建前かもしれませんが、本音はどうでしょうね。
沖縄では長らく酒税が免除されていましたが、2022年の税制改正で廃止が決定し、2032年には完全に終了する予定です。
安く飲めていたオリオンビールや泡盛も、これからはだんだん高くなっていくでしょう。
段階的というのは聞こえは良いですが、結局は真綿で首を絞めるようなものだと感じます。国や役所のやり方は本当に巧妙です。気をつけなければなりませんね。
少し脱線しましたが、やはり酒と人とは切っても切れない関係だと思います。
私の場合、お酒は料理と一緒に味わうのが好きですし、酔うことそのものも好きです。今では自宅で妻と食事を楽しみながら飲むのが一番です。妻は下戸なので、私だけのひとり酒ですが、それが最高の時間です。
たまに飲みすぎてうざがられることもありますが、安心できる家で美味い酒と料理を楽しむ時間は、私の人生に欠かせません。
支離滅裂な文章になってしまいましたが、手術を前に「自分にとっての酒とは何か」を改めて考えてみました。
ドクターから「酒はもうダメです」と言われるまでは飲み続けるつもりですが、もう少しスマートな飲み方をした方が長く楽しめそうです。
もう1日、休肝日を増やしてみようかな――。
できるかどうかわかりませんが、そんなことを考えながら眠れぬ夜を過ごしています。
