「もうどうでもいいや」と思った瞬間にうまくいった、不思議な体験です。

もうどうでもいいやって思ったらうまくいった話

前回書いた入院記の2回目です。
今回は入院中に、今でもはっきり覚えている不思議な出来事が起きました。それは「もうどうでもいいや」って思った瞬間に身体の力が抜けてふっと軽くなった体験でした。
忘れないように書き残しておこうと思います。

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目次

■ 退院前日に突然起きたトラブル

退院を翌日に控えたある日、急にひどい便秘になり、さらに尿まで出なくなってしまいました。
下腹部がパンパンに張って気持ちが悪く、お昼過ぎに看護師さんへ相談したところ、カテーテルで尿を抜いてもらうことに…。
担当医が当直だったこともあり、「夕方以降も出なければ尿バッグをつけて退院延期になるかも」と言われてしまいました。

かなり落ち込んでいましたが、ちょうどシャワーの時間が来たので、とりあえずお風呂に行くことにしたのです。

■ 衣類を脱いだ瞬間、頭に“何か”が入ってきた感覚

下着の替えがギリギリだったので、先に洗濯しておこうとランドリーに寄りました。
ところが、支払いがテレビカードのみ。今から買いに行くとシャワーの時間がなくなる…。
「仕方ない」と考えるのをやめ、そのまま急いで浴室へ向かいました。

衣類を脱ぎ、片足を浴室に踏み入れたその瞬間、
何かが頭の中にすっと入ってきたような、言葉とも感覚ともつかないものがありました。

それはこう言っているようでした。

「もうどうなってもいいやん。とりあえず、ゆっくり風呂入ろうや」

続けて、

「お前はあれこれ考えすぎなんよ。失敗したって、できんでも大丈夫。もっと余裕を持たんと何もできんよ」

そんな声というか感覚が、頭の中の“隙間”にすっとインストールされたようでした。
すると、体からふっと力が抜けていったのです。

■ 力が抜けたら、体が自然に動き出した

シャワーを浴び、体を温めながら「もう入院が伸びてもいい。ちょっと嫁さんに迷惑をかけても、お金がかかっても、どうにかなるやろ」と思ったら、不思議と心が軽くなりました。

風呂から上がると、急に便意が…。
1回では出ませんでしたが、焦らず「そのうち出るやろ」と待っていると、何回めかでスッキリ。
すると今度は尿意が来て、こちらも波のようにくる感覚をつかみながら、最終的に自力で排尿することができました。

「焦らない」というだけで、ここまで体の反応が変わるのかと驚きました。

■ 40年前に言われた言葉を思い出す

トイレで踏ん張りながら、昔先輩に言われた言葉を思い出しました。

「お前はあれこれし過ぎなんよ。器用やないんやから、一つずつ大切にやれ」

あれから40年経って、まだ同じことをしている自分に苦笑しましたが、一つだけ以前と違うことがあります。

“自分を責めても何も変わらない。間違っているのは自分ではなく、やり方なんだ”

そう思えるようになったことです。
これだけでも少しは成長したのかなと思います。

■ 世の中の“嫌なもの”を見すぎていた自分

お風呂に入っていると、もう一つ頭に入ってきた思いがあります。

最近、電車に乗ると、
座席に荷物を置いて人を座らせない学生や、普通に優先席に座っている人…。
そういう光景を見ると腹が立って、人の多い場所に行くのが嫌になっていました。

でもこの時、ふと思ったのです。

「世の中には、そんな人ばかりじゃない。自分と同じように“考えている人”も必ずいる。だから、そういう人とだけ関わればいい」

嫌な人は、見なかったことにすればいい。
みんな違う世界で生きているのだから、わざわざ首を突っ込む必要はない。
人を変えるなんてできやしないのだから。

そう気づいた瞬間、胸につかえていた重りがスッと消えました。

■ 自由とわがままは違う

「多様性の時代」とはよく言われますが、最近は“わがまま”と“自由”が混ざってしまっている気がします。

自由は素晴らしいことです。
でも、最低限の思いやりがなければ、ただのわがままです。

そんな社会は僕には少し生きづらい。
だからこそ、距離を置いて、自分が心地よい世界で生きればいいと思いました。
同じように感じている人は必ず今でもどこかにいると信じています。

■ 自分の世界を大切にするということ

嫌な人に腹を立てても、疲れるだけです。
人間は多層レイヤーの中でそれぞれの世界を生きているようなもの。まるでマトリックスの世界のような感じです。
たまたま接点ができただけなら、そっと離れればいい。

ただし、自分の大切なものを傷つける人とは、しっかり戦えばいい。
それだけのシンプルなルールで生きていこうと思いました。

■ もう少しだけ補足すると…

人の迷惑を考えない態度は、結局その人自身に返ってきます。
人は、笑っている人、楽しそうな人のところに集まるものです。

困ったときに助けたいと思うのは、いつも誰かを助けている人です。
結局、自分よがりは巡り巡って自分のためになりません。

そんなことを、入院中にぼんやりと考えていました。

■ 今回の入院は、ちょっとした“人生の旅”だった

肩に力が入りすぎていたのだと思います。

もっと肩の力を抜いて、自分がやりたいように生きればいい。
上手くいかないのは、自分が間違っているのではなく、やり方が違うだけ。
やり方を変えれば、また進めばいい。

そう思えるようになった今回の入院は、
僕にとって少し不思議で、でもとても大切な時間になりました。まるで旅行にでもいったかのような感じです。

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この記事を書いた人

無理せず楽しく、手作りの小さな暮らしを大切に。
アラカンの「つづく生活」実践者です。
半自給自足を目指しながら、仕事・趣味・家のことをコツコツ楽しんでいます。
日々を淡々と綴ることで、人生を整えるヒントが見つかればと思っています。

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