嫌なことをされた記憶は、時間がたっても消えません。
人にした嫌なことは忘れるけれど、逆の場合は決して忘れません。しかし、誰かに優しくされた記憶は、ふとした瞬間に心を温めてくれます。
人との関係はどこでつながるかわからないからこそ、日々の小さな関わりを大切にしたい。
今日はそんなことをあらためて感じた出来事について書きます。
今日、水道屋さんが来て給湯設備の相談をしました。
この水道屋さんは、3月に漏水したときにいつも家を見てくれている大工さんが紹介してくれた方です。最初はどんな人か分からず少し不安でしたが、実際に会ってみるととても真面目で、料金も良心的でした。それ以来、すっかり信頼して今回もお願いすることにしました。
ただ今回はガスが絡む工事だったため、その方に直接お願いすることはできませんでした。それでも「前回は本当に助かりました」とお礼を伝えたところ、水道屋さんが「実はあのとき、大工さんが“とても良い人だから何とかしてあげて”と言ってくれたんですよ」と話してくれたのです。
その言葉を聞いて、胸が熱くなりました。
実は、その大工さんとは少しいざこざがあり、今は関係が途切れていると思っていました。お礼の気持ちを込めて手土産を持って行ったときも、少しよそよそしい態度を取られたので、「何か気に障ったのかな」と気になっていました。
でも今日、水道屋さんの話を聞いて、あの大工さんが陰でそんなふうに気を配ってくれていたことを知り、感情的にならずに済んで本当によかったと思いました。
やっぱり、人に意地悪をしたり文句を言ったりすると、それは必ず自分に返ってくるものだと思います。言ったほうはその場ではスッキリして勝った気分になるかもしれませんが、言われたほうはずっと覚えているものです。そんな人に、いざというとき助けてくれる人は現れません。
昔のことを思い出します。
高校生のころ、電気屋をしていた父の手伝いで配達に行ったときのことです。テレビを納品し、段ボールを片付けていたら、お客様の女性が「商売人ならわかるやろ、消費税まけて」と言ってきたのです。
そのとき、子供ながら本当に腹が立ちました。値引き交渉は買う前にするものです。納品が済んでから言うのはフェアじゃないと思いました。
その経験から、僕は今でも“買った後は値切らないし買う前もあまり値切らない”と決めています。なぜなら、無理に値切るとどこかで手を抜かれたり、サービスが悪くなったりすることがあるからです。
結局、商売をしている人も人間です。気持ちよくお金を払うお客さんには、やっぱり気持ちよく応えたいものです。だから多少高くても、適正な範囲ならそのまま払うようにしています。
お金というのは、支払った先で止まるものではありません。誰かの生活を支え、また別の誰かの手に渡っていく。その巡りの中で、いつか自分のところに戻ってくることもあります。
そう考えれば、目先の損得にとらわれず、気持ちよくお金を使うことができると思うのです。
そしてもう一つ、最近あらためて感じたことがあります。
人と人とのつながりは、どこでどう広がって繋がるか本当に分からないということです。
昨日、以前のお客様からLINEで質問が届きました。本来なら事前に説明していた内容だったので、軽く答えるだけでもよかったのですが、「もしかしたら困っているのかもしれない」と思い、丁寧に対応しました。するととても喜んでもらえて、「ちゃんと対応してよかったな」と思いました。
その方と今後仕事で関わることはおそらくないでしょう。でも、その方の友人や取引先、あるいはその先の人が、思いがけず自分とつながる可能性だってあります。人の縁は目に見えないところでつながっているものです。
だからこそ、「自分のことではないから」「もう関係ないから」と適当に扱うのではなく、常に誠実に対応することが大切だと思います。
もし自分がわからないことで困っていたとき、「あの人なら聞いてもいいかも」と思ってもらえる関係でいられたら、それはお金では買えない大きな価値です。
話が少し広がりましたが、今日改めて感じたのは、「自分がされて嫌なことは、人にしてはいけない」ということです。
そしてもう一歩進めるなら、「自分がされてうれしいことを、人にできる人でありたい」ということ。
そういう人のもとには、自然と人が集まり、困ったときには手を差し伸べてくれる誰かが現れるものだと思います。
人とのつながりを大切にしていれば、巡り巡ってそれは必ず自分に返ってくる。
僕はこれからも、そう信じて生きていきたいと思います。
