入院帰りの電車の中で考えた「これからの10年をどう生きるか?」

入院帰りの電車の中で考えたこれからの10年をどう生きるか?

これは、入院帰りの電車の中で『家事か地獄か』を読みながら書いています。

IGA腎症になってから、これまでとは少し違った視点で「これから」を考えるようになりました。
漠然と描いていた10年後が、ひょっとしたら来ないかもしれない──そんな思いがふと頭をよぎったのです。

今回だって、腎臓の数値に気づかなかったら、数年後には時すでに遅し……だったかもしれません。
そう考えると本当に恐ろしく、これが60歳を目前にした“現実”なのだと痛感しました。

そう自覚すると、もっとやりたいことを我慢せずにやったほうがいいなと素直に思いました。
「後で」はもうありません。
今しかないのです。


子どもの頃から「夢を持て」と学校で学んできました。
教科書には、苦労を乗り越えて人の役に立つ偉人がたくさん載っていて、そんな人を目指すことが“良い大人”なのだと信じていました。

もちろん、それ自体は間違っていません。
しかし、そうならなかったからといって自分を責める必要はないのだと、今は思います。

歳を重ねるにつれて、だんだんと萎んでいく大志。
何をすればいいのかすら分からなくなり、やる気も行動力も減り、さらに気持ちまで萎んでいくように感じていました。

でも、まだまだやれるのです。
別に大志じゃなくてもいいのです。

美味しいものや食べたいものあれば、お金を使って食べにいけばいいだけのことです。
お金がなければ別のことを少し我慢して貯めればいいし、別の方法で稼いでもいい。
ただ、それをすればいいだけのことなのです。

そう考えると、「あぁ、やっていないなぁ」「具体的に行動していないなぁ」と気づきました。


かっこいい「可能性」なんて私にはもういりません。
もう、夢見る夢子ちゃんでなくていいです。
坂本龍馬でなくても、孫正義でなくてもいい。
自分の等身大の“やりたいこと”をやればいい。だって僕は僕だからです。

僕の小さな“やりたいこと”の中から、すぐにでもできることを探してやればいい。
そして、それを続けていけば、きっと今とは違う景色が見えてきます。
そういうことは、これまでの経験から十分に学んできました。

できもしない大きな夢を見て何もしないより、
少し頑張ればできることを続けるほうが大切なのだと思います。


これまでは「可能性」という言葉に「大きな夢」を重ねて来ました。
しかし「可能性」という甘い言葉の裏側には、“自分じゃない何か”への過剰な期待が潜んでいることがあります。
憧れのようなもので、追いかけても追いつけないものです。

だからこそ、スタートを自分の外側ではなく、
自分の内側に置くべきなのだと感じます。
そもそも、自分の中から外へ無理に行く必要なんてなくて、
自分のままで十分なのです。

僕が僕らしくあって、ストレスなくやりたいことができて、
お金も車も家も、あってもなくても自分の身の丈に合ったもので満足できるなら……
僕は、自分の時間をもっと自分のために使えるのだと気づきました。


「人に平等に与えられたものは時間だけである。」
これは、歳を重ねるほどに実感する真実だと思います。

であれば、なぜその一番大事なものを無駄にしてしまうのでしょう?
身の丈に合わないものを求めて余計に働き、自分をすり減らし、
本来好きなことができるはずの時間を浪費してしまうなんて──
おかしなことだと思います。


稲垣えみ子さんの本にも、こんな一節があります。

思うに、可能性を追求すること自体に問題があるわけじゃないのだ。
だが私が当たり前に追い求めていた可能性は、あまりにも小さな世界に偏っていた。

稲垣えみ子. 家事か地獄か 最期まですっくと生き抜く唯一の選択 (p.47).

つまり、自分じゃない“何か”になろうとし続けると、簡単に“偏った可能性”に陥るということです。
自分が本当にやりたいこと=才能
その才能を伸ばしたり、満たしてあげたりするだけで、人生の価値は大きく変わるのではないでしょうか。


資本主義社会とは、人間の欲望をひたすら増幅させるシステムなのだと思います。
そんなものは、どこかで必ず破綻します。
いずれ誰もが気づいて、“ほどほど”を心がけるしかないのかもしれません。

とはいえ、人間が欲を完全に抑えられるなら、人間とは言えない気もします。
隣の人がいい思いをしていたら、「人は人、自分は自分」と割り切れるでしょうか?
表面上はできても、内心では嫉妬が芽生えるかもしれません。

割り切れているように見える人は、きっとこれまでに“欲をかいて痛い目にあった人”なのだと思います。


ただ、今回病気になって気づいたことがあります。
これまでと同じことをしていても、本当にやりたいことはできないということです。

それは特別なことではなく、すでに自分の中にあることばかりです。
だから、人の意見や言葉に惑わされず、ただやりたいことをやって自分を喜ばせたいと思います。

最後に稲垣さんの本の中から見つけた言葉を書き残しておきます。

「自分を使い果たして死んでいく」

稲垣えみ子. 家事か地獄か 最期まですっくと生き抜く唯一の選択 (p.104).

私も、自分を精一杯生き切る。そんなふうにこれからは生きていきたいと思います。

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この記事を書いた人

無理せず楽しく、手作りの小さな暮らしを大切に。
アラカンの「つづく生活」実践者です。
半自給自足を目指しながら、仕事・趣味・家のことをコツコツ楽しんでいます。
日々を淡々と綴ることで、人生を整えるヒントが見つかればと思っています。

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