今回はポッドキャストで話したエピソードの補足のような内容となっています。
元来、私は「こうしなければいけない」と自分に厳しい人間でした。そしていつも人の目を気にしてきた。どうしてそうなったのか——今になって、なんとなく見えてきた気がします。
年齢を重ねるうちに少しは気にならなくなってきましたが、それでもまだ相変わらずのところもあります。ただ、還暦を目前に控えた今、ひとつはっきりわかったことがあります。
人生は楽しんだほうがいい。無理せず、今できることを精一杯やる。そのくらいの感じが、いちばん心地いいということに。
そんなことを改めて実感させてくれたのが、昨年の入院中の体験でした。
退院前日のこと。その日は特にすることもなく、「シャワーを浴びるくらいしかないな」という気持ちで過ごしていました。
入院してから便意がまったくなかったので、看護師さんに下剤を勧めてもらったのですが、「そのうち出るだろう」と軽い気持ちでお断りしていました。今思えば、このあたりから少しずつおかしくなっていったのだと思います。
お昼前から急に便秘がひどくなり、何度トイレに行っても出ない。おまけに尿まで出なくなってしまい、下腹部が張って激痛に。我慢の限界でナースコールをすると、その場でエコーで膀胱を確認し、即座に尿道から管を入れて処置してもらいました。
担当医からは「夕方以降も出なければ退院は延期しましょう」と言われ、焦りはピークに達していました。
そんな状況でシャワーの時間が来て、着替えもないしと先にランドリーへ行くと、テレビカードでしか支払いできない仕組みで、あれもこれもしようとして、何からすればいいのかわからない気持ちになってしまいました。
それでとりあえずシャワーを浴びようと脱衣場で服を脱いでいたとき、不意に体の奥に言葉が入ってきました。誰の声なのか、自分の声なのかもわからない、でも確かに聞こえた言葉。
「もうどうなってもいいやん。とりあえず、ゆっくりシャワーを浴びよう」
入院が延びても、妻に迷惑をかけても、お金がかかっても——どうにかなるやろ。
そう思った瞬間、身体中からすーっと力が抜けていったのです。
リラックスしてシャワーを浴びて体をタオルで拭いていると、だんだんと便意がやってきました。でも今回は、さっきとはまったく違う感覚でした。
さっきまでの「出なかったらどうしよう」という焦りが消えて、「まぁ、いつか出るやろ」というゆったりした気持ちに変わっていました。その余裕が体をほぐしたのか分かりませんが、何度かの波の後、すっきりと出すことができました。
力が抜けたら、すんなり出てきた(笑)
尿も同じで、「そのうち出るやろ」と気長に待っていたら、自力で出すことができました。
その時、ふと40年近く前に先輩から言われたある言葉を思い出しました。
「お前はあれこれしすぎなんよ。一つひとつを大切にしていかな、何もできんで終わってしまうぞ!」
あれから40年近く経って、何一つ変わっていない自分に気づいて、「俺はアホやなぁ」と笑ってしまいました。
そう言えば昔こんなブログを投稿していたっけ。

あれこれ気を張り続けていたら、肝心なときに力が出ない。そりゃあそうです。
不思議な声が聞こえてすっと体から力が抜けたとき、本当に楽になりました。本当はいつもそうやってリラックスしていればいいのに、私はずっと「ちゃんとしなくちゃいけない」「もっと頑張らなくちゃいけない」と思い続けてきたのだと思います。
でも考えてみれば当たり前のことで、力を抜くからこそ、入れたいときにグッと力が入る。四六時中力んでいたら、肝心なときに力を発揮することなんてできません。
還暦を前にして、ようやく体でそれを理解した気がします。
このことがきっかけでどうしてこんな性格になったのだろう?と思い返してみました。
そういえば子どもの頃から、私はずっとビクビクしていました。
子どもの頃は両親がよくケンカをしていて、いつもビクビクしていました。父が帰ってくるとケンカが始まるので、「帰ってこなきゃいいのに」と本気で思っていましたから。
きっとそうやって常に緊張していたことで、周囲に絶えず気を張り巡らせる癖がついたのでしょう。それがいろんなことに気が散る性格につながった、と今は思います。
それと母のことを可哀想に思っていたからだと思うのですが、母の期待に応えようとしていたこともあったかもしれません。「中の中」程度の自分が、ちゃんとしなきゃとそれなりに頑張っていたのだと思います。でも伸び伸びと育ってはいなかったように思います。
両親には、育ててもらったことへの感謝しかありません。でも自分の性格の根っこがそこにあったと理解できたことで、これからは少し変われるんじゃないかという気がしています。
もっと自分を信じて、好きなことをやらせてあげる
今更、性格を根本から直そうとは思いません。そんな気もさらさらありません。
でも、還暦という節目を前にして、ひとつ決めたことがあります。
自分のことをもっと好きになる。もっと許してあげる。自分がやりたいことを、ちゃんと自分にやらせてあげる。
せっかくこの世に生まれてきたのだから、幸せに生きなければもったいない。いい加減に、でも自分らしく生きても大丈夫——そうわかった今、あとは行動あるのみです。
あの入院中の不思議な声が聞こえたことでわかった、ちっぽけだけど確かな気づき。笑えるような話だけど、私にとってはもう随分と時間を生きてきたけれど、大きな人生の転換点になったかもしれません。
自分の人生だもの。肩の力を抜いて、自分軸で生きなきゃ意味がない——そう思います。
