妻が病気をしてからというもの、食べ物の大切さを改めて強く感じるようになりました。もともと僕の仕事も農産物の加工品をPRするようなことをしていたので、自然と「食」や「農業」に関心が向かっていったんです。
そして、東北の震災を目の当たりにしたときから、「食べ物を自分で作れることの偉大さ」に気づかされて、庭で小さな野菜を育てるようになりました。気づけばそれも10年を超え、今では夏と冬合わせてそれぞれ20種類ほどの野菜を育てるまでになりました。
農家ではないので、形のいい野菜をたくさん作れるわけではありませんが、採れたての野菜を食べられるだけで充分満足しています。
そんな流れの中で、「食品加工にも挑戦してみよう」と思い立ち、庭に小さな加工場を作りました。去年の冬に初めて加工品を直売所に出してみたんですが、全く売れなくて…原因はよくわからないけれど、時間も手間もお金もかけて頑張って作ったのに、人件費すら回収できず、「自分は一体何をやってるんだろう」と思いました。
そんなある日、スーパーの惣菜売り場を見ていてふと気づいたんです。閉店間際に半額シールが貼られた商品たち。唐揚げなどの人気商品はすぐに売れるけれど、売れ残って結局は廃棄されるものもたくさんある。
「食べ物を大切にしよう」と思って、農業や加工に関わるようになったけれど、気がつけば自分も食品ロスに加担しているのかもしれない。そんな疑問が頭をよぎりました。
たとえば昨年、お米が高騰して「お米がない」と騒がれ続けています。スーパーの棚には確かに一時期品薄状態になりましたが、外食産業やコンビニでは「お米」が途切れることはなかったし、廃棄も変わらず出ていたに違いありません。
実際、お米は足りていたのに、見えないところで多くが捨てられていたんです。
でも、そういう実情ってなかなか報道されません。結局「売れ残ったら捨てる」のが当たり前になっていて、そのほうがコストがかからないから。食べ物に心を込めるほどに、その現実がとても悲しく感じます。
今年は、加工の量をもう少し増やし、きゅうりとゴーヤをこれまでよりも多く植えました。
計画を立てた時には今年はどうなるかわからないけれど、とにかくやり通してみよう!という思いが強く作ってみたのですが、今は少し弱気になっていて、「また売れなかったらどうしよう?」って思ったりしています。
本音を言えば「自分たちが食べる分だけ作れば、それでいいんじゃないか」とかさえ思ったりします。
見た目が曲がっていても、トゲがあって痛くても、採れたてでおいしければそれでいいし、それでクレームを言われてもどうしようもないからです。
でも、食品を「商品」として売るとなるとそうはいきません。衛生管理は当然のことながら、見た目の美しさも求められます。例えば私たちは、手作り味噌のワークショップを10年以上やっていますが、過去数回、表面に白カビ(実際は酵母)が出たといういだけで、「カビが生えてる」とクレームになったりしたことがありました。でも、それは発酵の一環であり、おいしさの元なんだって、知ってもらうにはとてもハードルが高いということがわかりました。
日本の消費者は、とにかく「きれいなもの」を求めます。それはどのように作られているかということを知らないからです。どんなふうに育てられ、どんなふうに加工されているのか。その過程を知っていれば、多少の見た目の違いなんて気にならないはずだと思うのですが、私の認識が間違っているのでしょうか?
でも知らないからこそ、農家は形の良さにコストをかけざるを得ません。しかしそれが価格に反映されると「高い」と言われてしまいます。
たとえば、きゅうりがまっすぐじゃないと箱にきれいに収まらないから、曲がったものは買い取ってもらえない。つまりまっすぐなきゅうりしか見たことがない人たちが、よりまっすぐなきゅうりをいいきゅうりと思ってしまう。
産地を紹介する番組でどんな野菜を選べばいいですか?という問いに、形がよく色艶のあるものとかいうと、スーパーであれこれ触って一番形のいいものを選ぶ人を作ってしまう。それは知らないからなのですが、もういい加減本当のことを知ってよ!と思ってしまいます。
また、虫に食われてもいけないから、ある程度の農薬は使わざるを得ません。日本の農薬の基準は世界的にも厳しいから、健康被害が出るようなことはまずありません。ですので私は必要に応じて基準値内の農薬を使うことは問題ないと考えますが、消費者は無農薬の方がいい野菜だと信じて疑いません。本当に無農薬野菜を食べようとするなら、自分で作って1匹ずつ割り箸で取り除くなんて作業をしない限り不可能なのです。
今年1月に訪れたバンコクでは、傷だらけのフルーツが普通に並んでいました。見た目は悪くても、味はしっかりおいしい。しかもすごく安い。常夏の気候の中で、フルーツや野菜が豊かに実っていて、「本当の豊かさって何だろう」と考えさせられました。
…と、少し話が脱線しましたが、僕が今やりたいと思っているのは、「自分たちで作った野菜や加工品を、自分たちで美味しく食べらればいい」ということ。その延長線上の情報発信だったりイベントなどの中で、どのように作られているのか?またそれを知ることで、ほんの少しでも「食品を大切にする意識」が他の人に芽吹いてくれればいいなと思っています。
今年は、栽培から加工販売までやって、これからのつづく生活の「なりわい」になるかどうかを試す年と決めたので、様々な疑問や葛藤を感じつつもやり切って行こうと思っています。
もしかしたら自分たちのやり方で廃棄を減らし、そんな私たちの考えに共感してくれるファンを作ることができるかもしれません。
でも、まずは目の前の夏野菜をどうにか活かしきること。きゅうりもすでに採れ始めていて、「急いで加工して、販売の準備をしなきゃ」と、焦りながらも前向きに取り組んでいます。