美意の按配(びいのあんばい)

以前、「過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられる」について書いたけど、
それについて検索してみたら、
美意の按配(びいのあんばい)というお話を見つけました。

美意の按配(びいのあんばい)とは、

ある国の王様が、大好きな家来と一緒に虎退治に行く、と。
虎退治に行って奥まで行くと、死んでたと思っていた虎に、小指を齧られてしまう」

「王様が家来に『お前が居て、どうしてこんなことが起こるんだ』って言うと、
『それは”美意の按配”です。
これがあるからこそ、後に役に立つんです』って言うけど、お前言い訳やろってことで牢に入れるんです」

「好きな家来やから、そいつのところに行きたいんやけど、
自分一人で狩りに行くと、王様はまた奥まで行ってしまう。
奥まで行くと捕まって、神に生贄にされようとしてしまう。
王様が綺麗に体を洗われて、生贄にしようとしたところ、小指が欠けてる、と」

「不浄だってことで解き放たれるんですよ。
それで、牢屋に入っている家来に、『これでも”美意の按配”って言うのか?』って言うと、
家来は『そうです、王様。これが”美意の按配”なんです。あなたが私と一緒に狩りに行っていたら、私もあなたも生贄にされてしまいます。このことがあったからこそ、今があるんです』って言うんですね」

というお話。
ねっ、いいお話でしょう。

過去の色んな事が繋がって今があるんだよというと、
過去の辛いことが実感がなくキレイ事みたいな話になっちゃうけど、
逆に今から未来を見ると、
今がとっても辛くっても、きっと未来につながっているんだと思えば、
なんとか乗り越えようとか、あきらめないで続けようとか考えられます。

いいことも悪いことも意味があってその先でつながっているとしたら、
今が辛いからと言って、
逃げ出したくなるときもあるけれど、
どこでどんな風につながっているかわからないので、
前向きに考えて取り組むこともできそうです。
判断するのは今だけじゃないんですね。

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