人間関係を人間の体に例えてみる

今読んでいる本の中で、
村や町、市や県を衰退を人間の体に例えている考えがあって、
ものすごく腑に落ちてこういう考え方ってしたことなかったし、
面白いなぁ~と思ったんです。

例えられるものは人間の体を国。
頭や手などのパーツが県。
県を構成している中にあるものが、市や村など、
血液は貨幣、滞った部分を治すリハビリ運動は交流と例えられていました。

村が限界集落になったからといって、
必要ないものとして切除するかといったら
人間の体に例えて、
動かなくなりそうなやせ細った手や腕を切ったりはしないという。

交流や貨幣が滞ると、途端市や村は痩せたり、
動きが悪くなったりします。

それぞれの存在は何かがなくなっても構成できないから、
やっぱり切り捨てたりはできないですよね。

その存在の関係もどっちが上とか下とかも関係ないんですよね。
だってなくなったら代わりになるものがないから、
大事にしますよね。

そういう互いの存在を無くてはならないものとして、
感じられるとよいなぁと思ったんです。

関係を考えるとついつい借りとか貸しとか、
好きとか嫌いとか偉いとかそうじゃないとか思いがちですが、
そんなことがあったりなかったり。
できるだけね、ヒラタ~い感じで誰とでも交われるといいなと思っています。
そう思えただけ良かったよかったです。

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この記事を書いた人

パソコンとネットの何でも屋さん兼農家見習い中
2021年に奥さんに腎移植して人生の価値観が大きく変わりました
何が起きても諦めずに生き抜く力が一番大切
時々ブログも書いてます

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